つらい、からこそ輝く人生

30代の男が考えてることを前向きに書いてます。

家族のために生きててよかったことがありました。

最近の悩みだったこと

 

長女を授かってから約4年。

妻のPMDDや育休や復職からの育児など、目まぐるしく移り変わる生活に行き着く暇なく、収入を上げるための努力もしておらず、さながら蟻地獄に迷い込んだかのような感覚に囚われていました。

 

自分がこうしたいわけじゃないのに、そうせざるを得ない。ほんとは自分の好きな時間に自分のことだけに集中できれば全部解決するのに。

 

僕の友人では子供が2人いる生活をしている世帯はほぼおらず、自分の現状と理想のギャップに押し潰されそうになるも、妻以外に相談できる人もおらず、たまには散々話してきたのにそれでも積もるモヤモヤがとてつもなく大きくなってきました。

 

朝起きてから寝るまでにやることは誰かのためのことばかり。

 

自分のための時間は2時間程度。それだって疲れている状態だから、娯楽に走ってしまって自分を高めることができていない。

 

誰かのせいで、

ほんとはやりたくないことをやって疲れてるから、

だから自分は頑張らなくても仕方がない。

でも、そんな言い訳してたら、いつまで経っても変われない。

 

毎日グルグルと同じことを考えてはため息をついて寝るだけ。

 

動きたいはずなのに動けない、動かないという矛盾。実は自分は本当は何もしたくなくて、向上心なんかなくて、ただ死ぬまでゆっくりできていればいいのかな?と疑っています。

 

娘の修了式がおしえてくれたこと

 

コロナの影響で家族以外と触れ合う機会は激減し、ずーっと子供と同じ空間で過ごす毎日は正直苦痛でした。

 

何がってことはないけれど、ずっと話しかけられて、ご飯たべて、お風呂入って、泣いたり、口ごたえされながらの日々はゆっくりと僕と妻の何かを削っていきました。

 

それに加えて下の子の夜泣きが襲ってきて、十分に寝れない日が数週間続きました。

 

心身ともにズタボロでした。もう無理かなー、投げ出してどっか行っちゃおうかなと本気で考えてました。

 

何も進歩しない毎日に心から辟易としていました。その上、ここ数年の収入が上がっていないという現実が自分の将来性を絶望させる要因でした。

 

その流れを断ち切ったのが娘の修了式でした。

 

娘はたくさんの友達から好かれているようでした。

返事がきちんとできるようになりました。

先生に甘えられるほど、家族以外の人に心を開くことができていました。

友達を慈しむ心を持っていました。

 

なんとなく、成長したなあ。と感じていたものがこの瞬間、娘を通じて自分にハッキリと感じられる内容でやってきました。

 

自分たちがやってきたことが娘の人生に大きな影響を及ぼしていることの実感。そして今のところは、それは良い方向に進んでいそうだと言う手応え。

 

この数年時に嫌になりながら、なんとかしがみつきながらやってきたことの結果が突如渡されました。

 

無駄じゃなかった。

やっててよかった。

僕が生きていく価値はある。

 

積もっていたモヤモヤがさーっと崩れて無くなってきました。

 

 

時間はかかる。結果も出ないかもしれない。それでもやってるといいことはある、かも。

 

親になって、初めて通知書をもらった感覚です。よくできました、って。

 

毎日の彩りが戻ってきました。それを感じたのはその瞬間だけでしたが、それだけで今までの全てが報われました。

 

だから、また適当に頑張ろうと思います。

人生は長い。育児は辛いことの連続。ままならない日々を納得させるのは難しいけれど、今この瞬間は遠い未来のどこかで役立つと信じて。

 

今日は以上です。

お読みいただきありがとうございました。

PMDDと産後うつの向き合い方

きっと、この状態になっている方はとても苦しんでいらっしゃると思います。

 

できるなら、仕事をお休みして育児も誰かに頼りながら負担を可能な限り減らすことが最善策だと思いますが、それができるなら苦労をしないわけで、明日が、いや今日の目の前のことを乗り越えることを考えると真っ暗になっちゃう人に向けて書きます。

 

我が家は共働きで、子供は2人。2人目が生まれるまでは多少貯金しながら生活できている感じでした。

 

もともと1人目の育児の時も妻と私はだいぶ苦しんだわけですが、2人目は家庭が壊れてしまうほど追い込まれました。

 

タイトルの通り、産後うつPMDDの合わせ技だったんじゃないかと思います。当人である妻の苦しみはとてつもない事は理解していますが、それを見ているパートナーも多少なりとも悩んでいました。

 

2020年はこの課題に向き合っていたのですが、妻はわりと真面目なタイプでして自分の理想とズレる現状がとてもストレスなようでした。未就学児2人の育児なんて予想通りに行く事ないのはわかっているんですけどね、でもそう感じてしまうんだから仕方ないのです。

 

そして、このストレスは残念ながら改善される事はないんですね。子供のことなんてこの先もずっと予想から外れたことしか起きないわけです。

 

向き合い方なんて書いてありますけど、つまり『諦めよう、それを認めるしかないから。』というのが今の所の心の僕の考えです。

 

結婚して子供ができたら自分の今までの人生は捨てなければならないんだと理解するまでずいぶん時間がかかってしまいました。理解できるまでの時間は人それぞれなんでしょうが、とにかく親としての自覚というか、自分の中にある今までの自分とお別れするまでには一定時間必要なんだと思います。

 

そうして、私も最近その理解ができてきたような気がするんです。今まではどうしても被害者意識がありました。こんなつもりじゃなかったって。

 

でも育児の良いところは、どんなに嫌でも本能的に子供と向き合わざるを得ないことで、そこに解決策を持っていかないと次のステージに上がれない仕組みになっていることだと思います。

 

今の環境を抱えた上でからどうよくなるか。

どうやったら変えられるのか。

 

なので、PMDDも、産後うつも、その他の諸々も丸っと抱き抱えて生きていくんです。それしかもう道はないんです。

 

僕は最初認めたくありませんでした。どこかに違う道がないか現実逃避してました。

でもやっぱり無いです、都合のいい話は。

 

だから、諦めて受け入れてそのうえで自分が家族のためにできる無理がないベストを尽くす気になりました。

 

時間をかけて家族を熟成させていく感じでしょうか。

 

今年は去年よりはマシな年にしていきたいと思います。

 

以上です。

お読みいただきありがとうございました。

脳内虐待したっていいじゃない、今日を生きれれば。

今年の頭に育休を取り、5か月ほど4人家族で過ごしました。

パンデミックの影響で仕事はリモートも取り入れつつの復帰となりました。

 

去年の年末、ちょうど育休を取得する準備をしていた時に、僕は自分に「時間が経てば解決できるはず、大丈夫。」と自分に言い聞かせていました。

妻は子供に少し手上げてしまったことに深く傷つき、「このままいくと殺してしまうかもしれない。」と僕にSOSを出してくれたタイミングでもありました。

 

とにかく家庭内のコトについて、目の前の出来事を穏便に済ます。それ以外の仕事とかなんちゃらはすべて完全に放り投げてしまいました。社会人としてはNGの行動も数多くやってしまいました。毎日が不安と罪悪感でいっぱいでした。

 

「本当に妻の体調は快方に向かうのか?」

「仕事へ戻っても同僚や上司から何か言われないだろうか?」

「仕事に戻ったら妻はまた元に戻ってしまわないか?反動で症状がさらにひどくなってしまわないか?」

「そもそもつまにこれだけ苦労をかけている自分の働き方が悪いんだ。」

 

現時点で解決できたことというのはほぼないのですが、幸いなことに妻の体調はピルと運動と子供の成長(特に睡眠時間の安定)のおかげで少なくとも子供に対して大爆発することは無くなってきました。

 

育休とパンデミックの影響で僕も子供過ごす時間は圧倒的に増えました。時間が増えることで僕が子供や妻にイライラすることも増えましたし、妻と口論することもありました。

 

そして、この一年で僕は妻や子供を脳内で虐待することがとても増えました。

実際にはやらないわけですが、自分の気持ちを整理するために積極的にやっていると思います。

 

言葉起こしたくないことばかりをイメージします。頭の中では感情の赴くままに自分を炸裂させています。

 

そして、イメージしたものが実際に起こってしまったらと想像しなおすと、少し冷静になって、今目の前で起こっていることに少し落ち着いて対処できる気がするんです。

少なくとも今イメージしていた最悪の事態が起きてしまうことと比べれば、今から僕がとる態度「ムスッとするとか、黙るとか、ちょっと反論する」程度のことで起こりうる影響範囲なんてたかが知れてます。たぶん、ご飯食べるのが遅くなったり、今日はお風呂に入れない。とかそんなレベルです。笑

 

育休と復職、さらに在宅勤務で子供がいて集中できない環境での仕事を通じて、清く正しくいようなんて無理だと悟りました。

 

崇高な教育をすべく子供に接するなんてむり、怖い顔して接してしまうくらいなら一緒にYoutube観て、げらげら笑ったほうが楽しい。

 

仕事を完璧にこなすのもむりなので、テキトーに抜きつつ家事やって子供と遊ぶ。

 

正直、会社員としてはレベル下がったなって思ってます。でもそれは自分ではとても選べない道でした。もし会社員として給与とかやりたいことを追求していたら、最悪家庭はバラバラだったと思います。物理的になのか、精神的になのかはわかりませんが、とにかく一生を添い遂げられる家族にならなかったであろうことは確かです。

 

仕事 と 家庭

 

って言うけれど、50%ずつできる時期なんてほぼないと思うんです。特に家庭以外でも他のことを持っている場合でも同じで、比重はその時その時で変わるはずなんです。

 

その日暮らし と 計画立てた暮らし

 

どっちも素敵です。どっちも素敵だと学びました。大事なのは一時の感情に任せて極端な破滅的な行動をとらないことです。どん底の時もある、良い時もある。それでも人生は続くのだから、いつ日か良くなる/悪くなる。

 

今日も脳内虐待しちゃったな。まあ、でも子供も妻もすやすや寝てるから今日はこれでいっか。でいいじゃないですか。

 

また明日もあるんだから。

他人に自分を理解させる努力は無駄

最近はメンタルがめっきり弱ってしまい、筋トレは続かないし、転職活動は暗礁に乗り上げ、普段の仕事も成果を上げる意欲を失い、ほぼ丸一日が自信を喪失することばかりです。

 

なんとか抜け出したいところですが、光が見えずモヤモヤとしたまま日々が過ぎ、また気持ちが沈んでいくスパイラルです。

 

多分、落ち切った時点で何かをきっかけにまた浮上するだろうと楽観視はしていて、今はそうなるように静かにしてようという感じです。

 

さあ、本日ですがそんな日々を過ごす中で自分が味わった挫折を書いていこうと思います。

 

他人は自分の考えに興味はない

 

人が人を評価する時に見られる点は、その人が実際に取った行動です。そこに至るまでの思考とか挫折なんてのは一顧だにされません。

 

それは評価相手が1番身近であるはずの家族であってもそうです。

「頑張ったのはわかるけど、結果はどうなの?」

 

直接的な表現でなくてもこういうニュアンスは必ず含まれてきます。

 

僕はここ数年、自分の持っている飽きっぽい性格と家庭を持った上で求められる安定的で持続的発展が見込める生活という2つにとても苦しんでいます。

 

心の声としては、

嫌いな人と無理して仕事したくないし、将来のことまでは分からないから今自分が興味を持てることにトライしたい。

 

一方で現実としては、

毎月の生活費や子供の今後の学費を稼ぐためにも計画的な資金獲得と運用をしていかなければならない。

 

特別なスキルは持っていませんから、僕の行動はいつも行き当たりばったり感が強く、側から見るととても無軌道で不安に思うのだと思います。僕自身も計画性無いことには自覚があります。

 

自分にスキルが無いのは努力不足ですから、夢ばかり言ってないで現実的な正解を辿ろうとしてきた数年間でした。家族に迷惑をかけている部分を補えるように頑張ろうと思ってやってきました。

 

でも、その結果として分かったのは、

もっとこうして欲しい!という他人からの要求が増えるだけで自分のやりたいことはそこに反映されないということです。

 

なぜならば、他人の要求を尊重したあまりに自分の本当の気持ちを隠してしまったから。迷惑をかけているのだから当然といえばそうですが、このやり方は今後も続けるにはしんどい行動だと分かりました。

 

良かれと思って他人に合わせたら、こっちの気持ちはお構いなしに要求は降ってくるのです。それに応えていくうちに月日は流れていきました。

 

日々話し合える家族であっても、他人は私の考えや思いまでを尊重し続けることはないと悟りました。

 

行動が先、理解はその後に

 

この反省は生かさなねばなりません。出ないと自分の人生が他人に従属したまま終わってしまうから。

 

人からの要求を跳ね返すために、自分の日々の行動を自分のやりたいことで埋め尽くしていく

しかないと思っています。

 

そんなことをやったら社会人として終わり。

人としてなってない。

 

今自分がやりたいと想像していることを優先するとそんな反応が返ってきそうです。確かに今もそれに怯えています。

 

もしかしたら正社員として生きていけなくなるかも、家族にさらに迷惑をかけるかも、離婚しされてしまうかも、家族から見放されて一人ぼっちになってしまうかもしれません。

 

とても怖いです。耐えられないかもしれません。

 

ただこのままいくと先に自分の魂が死んでしまいます。社会人生活も結婚生活も、自分の魂が生き生きとする人生の前には優先順位は低くならざるを得ないと思っています。

 

とても自分勝手なことを書いている自覚はありますし、行動に移れるかはまだ疑問です。

 

でも誰も僕の考えを本当に尊重してくれる人いません。

僕自身の生き方を証明出来るのは僕だけです。理解されたくて生きるのではなくて、僕が僕らしくいられる人生を歩むべきだと信じています。

 

他人は自分の行動でしか評価してくれません。その過程は関係ありません。

 

本日は以上です。

お読みいただきありがとうございました。

PMDDと両親の離婚のはなし

育休も明け、リモートワークが始まり3か月弱。

だんだんと新しい生活に慣れてきたので、またブログ書いていきたいと思います。

 

さて、本日はPMDDと両親の離婚の関係について書いていきたいと思います。

 

本記事は私の体験に基づく主観ですので、皆さんに合致しないことが多いと思いますが、ご参考程度にお読みいただけたら嬉しいです。

 

我が家のPMDDの遠因は”両親の離婚”

 

パートナーとこの結論にたどり着くまでにかかった時間は10年くらいかかった気がします。

 

付き合い始めた当初(8年位前)は社会に出たてで物理的・精神的ストレスが強くかかるようになり始めていてホルモンバランスの崩れから来るもの、という認識だったと思います。

 

そもそもPMDDPMSといった認識すらなかったです。

 

まもなく結婚して、幸いにも子供を授かるまでの数年間でその症状はどんどん悪化していきました。

 

パートナーは仕事も成果出ていたし、ほぼ毎日時定時上がりなので過剰な肉体的なストレスは大きくなっていない。一方で私は長時間の残業でメンタルをやられていくわけですが。。。。

 

その当時は生理に合わせてイライラが募ってぶつかってくる力が毎月強くなっていったことを覚えています。

 

僕を殴るとかはまだいいのですが、自分をぶったり、夜に家を出て行ってしまうような行動には心配の気持ちが高まりました。このままエスカレートするとまずいな。とも思っていました。

 

で、そのたびに2~3時間かけてひざを突き合わせて話をするのですが、そういった行動に至るまでの感情で共通しているものがありました。

 

自分が求められていないのでは?という焦りが、止められない怒りへ

 

僕の愛情表現では足りていなかったという側面も大きいと思うのですが、どうもこの価値観が根っこにあるなということが会話を通じてぼんやり見えてきました。

 

たとえば、僕はよく約束したことを忘れてしまいます。掃除すると言ったけどすぐやらなかったり、残業しないと言いつつしてしまう日があったり、休日の予定を忘れていてほかの予定を入れそうになったり。。。頭ポンコツなんですね。

 

決してパートナーをないがしろにしているつもりはなく、そういったダメな点は少しずつ直してきました。けれど、生理のタイミングでこういった僕の行いそのものの大小にかかわらず症状が現れるトリガーとなっていました。

 

僕の行いを要素として分解していくと、それはパートナーの期待を裏切る行為です。

その裏切りにとても敏感なのです。

 

なぜなら、自分の思いや存在を真っ向から否定されたように感じるからです。

 

僕は誰かに約束をすっぽかされても「まいいか」で済ませるタイプなのですが、パートナーはそうではありません。自分を根本的に否定されたと感じます。

 

僕はそこまで思いません。単にタイミングが合わなかったんだなと割り切るからです。

パートナーは割り切らないのです。

 

話を冒頭に戻すのですが、パートナーの両親は離婚をしています。

そして、その後母親とともに新たな家族を築きました。

 

全てを理解しているわけではないですが、その結果パートナーは家庭内での居場所を"獲得"しなければならなくなったんだと思います。

 

自分が何かできることを見せる/証明することで親からの愛(≒評価)を感じられていたようです。逆に言うとそうしなければ感じることは難しかったのかもしれません。

 

 

きっと、当時のパートナーの両親も苦心したはずです。一生懸命、新しい家庭を構築していく努力を払っていたと思います。

 

でも、パートナーからしたら親がいなくなったという事実は変わらないし、自分は悪いことをしていないのに、どうしてこんな目に合うのか?という感情が芽生えることも当然だと思います。事実そうですから。

 

何かしなければ自分自身の価値が感じられないって、厳しい環境ですよね。

本当はただ生きているだけで十分に価値あることなのに。

 

”私は何も悪くないのに、自分が大事にされていない”

 

これは、裏返すと必ず相手に何かを期待しているということです。

つまり、自分の存在を肯定する行動をとってもらうことを期待しているのです。

パートナーは自然とこういった思考をとるようになったようです。 

 

朝起きて、ご飯食べて、トイレして、寝る。本当はこの繰り返しで人生は十分に価値あるものだと僕は思います。

実際そう思うことで自分の存在を認めています。今日もよくやったと。

 

 

ただ症状が出ている時期のパートナーは、自分に対する評価の感じ方は

他人からの評価:自分からの評価=9:1 もしくは 10:0

といった感じです。

 

もともと体調が崩れていて感情の制御が難しいところに、自分の存在が否定されているという思考が強く入り込んでくると一気にそれが攻撃的な行動に変わるんじゃないかと思っています。結果としてPMDDと思われる症状につながるイメージです。

 

攻撃したいんじゃなくて、分かってほしいから攻撃してしまう。

 

PMDDだなんだという前に、根っこの価値観はこれなんだと思います。

ここにみんなで向き合わないと、結果としてのPMDDに対する処置は進まないと思っています。 

 

感情の起伏が激しいと日常生活に支障が出ますから、その起伏を少しずつでもなだらかにしていって、最終的にはほぼ無くしたいと思っています。

 

そのためにはパートナーがどんな状態であれ受け入れることがスタートだと思っています。

怒ってたって、泣いてたって、笑ってたって、真顔だって、何しててもあなたはあなた。

そういうあなたにそばにいてほしいんであって、僕に合わせて何かをする必要はなく、そのままで十分に素敵であることを言葉にして伝えること。

 

どんなことがあっても離れないよと意思表示すること。

 

PMDDの当事者ではないですから、本当のつらさはわかりません。ただ、毎日側にいる人でしかそれを受け止めたり、緩和することはできないと思っています。

できることは少ないですが、それこそがパートナーが求めていることなんじゃないかなと。 

 

過去は過去。それを引きずることも人生の肥やしになるように、時間をかけてその痛みを分かち合えればだんだん傷も癒えていくのではないかなと信じています。

 

書きたいことは以上です。

お読みいただきありがとうございました。

PMDDのパートナーと自分の仕事

前回はPMDDと育児で状況が好転してきた、という話でした。

今回はPMDDに苦しむパートナーとの向き合い方について書きたいと思います。

 

似たようなことは以前にも書きました。

 

夫から考えるPMDD処世術 -1人きりにしない- - つらい、からこそ輝く人生

 

夫の視点のPMDD処世術-愛しているなら貫くこと。 - つらい、からこそ輝く人生

 

 

今回はもう少し具体的な話です。

 

去年の下の子の出産からつい最近までは本当にきつかったのですが、一方でPMDDとの付き合い方ももう少し具体的になりました。

 

パートナーがPMDDである場合、仕事も自分の趣味も優先順位を下げて、1番にパートナーのことだけを考えて動く。

 

ということです。

 

仕事の優先順位を下げるってどういうことか?

本日はここを話したいと思います。

まず、定時で上がることは絶対だと思います。症状が強まってきた時期に側にいなければ支えることが難しなってしまいますから、少なくともこちらの行動パターンは一定にしておく必要があると思います。

 

何がなんでも定時で上がる習慣ができることでパートナーもこの時間になれば帰ってきてくれる。話ができる。という点で耐える目標が出来るので、こちらも少し精神的な安定に繋がります。

 

最低限と言ったのはこれはまだ症状が軽い段階のみこれで凌げるからです。育児や他のことでもいいのですが、パートナー1人だけでは解決できないことがある場合、これだけでは足りません。なので僕は有給をガンガン使いました。

 

突然、今出社したばかりですけど、今から帰っていいですか?(なんと言われようと帰りますけど)と言った具合に。

 

あまりに非常識であるとか、会社の人に申し訳ないとか、自分の社内の立ち位置とか。いろいろ考えて悩みました。

 

でもパートナーを救えるのは僕だけです。

会社を支える人は僕以外にいます。

 

僕は正社員で働いています。そこまで酷いことをしない限り、給料が上がる望みは下がりますが退職を勧告されることはないと思いますので、そこを最大限利用する形で、家庭と社内評価は天秤にかけるまでもなく家庭を優先します。

 

生活を共にするようにしてから、全方位に良い顔をしてるのは無理だと悟りました。だとしてどこに集中すべきか、何が大切なのか。という価値観のみで行動することとしました。

 

正確にいうとせざるを得ない部分もありましたが、それでもこの生活を選んだのは自分であり、そうしたいからそうしたまでです。実際、仕事を思いっきりセーブすることから生まれる時間的な余裕は家庭内の問題を対処するのにかなりポジティブに働きました。

 

課題が一つであればそこに注力すればいいわけでわかりやすいですから、PMDDという大きな挑戦に対してはこちらもそれくらい態勢を整えて臨む必要があるのだと確信しています。

 

 

じゃあ、収入はどうしていくの?という点は、まさにこれから頑張らないといけないところなのでかけることは特にありませんが、何より家庭が健やかでなければ生活そのものが回りませんからね。

 

また今回で成長できた分でパートナーも自分でPMDDに対処する力が以前よりかなり改善できたと思います。

 

持続的に回せる足元の生活を整えたら、収入を上げることを徐々に目指せば良いのかなとおもっています。

 

本日は以上です。

お読みいただきありがとうございました。

PMDDで育児は10ヶ月目くらいまでが勝負だった。

 

今日は今尚答えは出ない、きっとあと数年しないと分からないことだけど今の考えを残しておきたくて書きます。

 

私のパートナーはPMDDに苦しめられております。人格がとても攻撃的になり、かつ自己肯定感がとても下がってしまうのです。

 

一緒に暮らし始めてから毎月そのタイミングが来るわけですが、最近はなんだか落ち着いてきました。

 

いや、正確にはその兆候はあるのですが自分でそれを爆発しないようにうまくコントロール出来ているようなのです。これは革命です。僕としてはこれは一生お付き合いしていくレベルのことだと思っていたので、こんなに早いタイミングで、そして子育てしながらなのにこんなことあるのか。と疑問でいっぱいな状態です。

 

パートナーが去年末くらいからやっていることは、基本的には健康的な生活ということをベースに、自己肯定感を高められることをできる範囲でやるということ。そして、これくらいできて当然、と思うことの範囲を狭められたことが大きいのかしらと思います。

 

健康的な生活は12時には寝ること、三食きちんと食べること、昼寝をとること、体型を良くするための筋トレ、勉強。こんな感じです。

 

去年の6月から年末までは上の睡眠時間が取れなかったことが症状を悪化させていたのかなと今は思います。

 

その時と比べると今はかなり1日のリズムができていて、かつ続けることで心身ともに健康になっていくサイクルが出来上がってきました。一つ一つをちょっとずつ進んでは戻ってを繰り返しながら、でも続けることができたからこその今があると思います。

 

パートナーはPMDDの症状が出てくる時期は寝つきが悪く、眠りも浅くなるので子供の小さな呻き声に目が覚め、そのまま寝れない、朝が来る。と最悪なサイクルを余儀なくされていました。じゃあ、声が聞こえなくなるように子供と寝る部屋を変えるということは出来ませんでした。

 

生後半年以内でしたから、授乳もありましたし何よりそういうことをしてしまっていいのか。という悩みがあったからかと思います。

 

とにかく寝れなかった。これはホルモンバランスを崩す最大の要因だと僕もそばで見ていてハッキリと感じました。寝れないとマジで次の日何もできない。どころか悪化するだけ。

 

年明けからは僕も育休に入れたので、徐々に生活サイクルを整えられるように、唯一僕ができる身体的負荷がかかるものを極力やるようにしました。

 

下の子は夜中が1時間から2時間に30分くらい。抱っこが伴うものだったので、まずこれをやります。ただこれはパートナーの抱っこの負担を減らずだけであって、呻き声だけで目が覚めてしまって、寝付けなくなるのはあまり変わらなかったです。やらないよりはマシだけど、根本的には子供が夜泣きせずに夜通し寝れるまで成長を待つしかない、という感じでした。

 

ちなみに部屋を真っ暗にして一条の光も入らなくした部屋でしたが、即時的で劇的な効果は見られませんでした。ちょっとマシになった?うーん、あんま変わってないよなってなもんです。個人差ですかね。

 

そして、子供が10ヶ月になるくらいからようやく夜泣きせずに寝てくれる日が増えてきました。

 

でも、日中だって大問題なんです。

 

上の子は2歳です。言葉も話せるのでパートナーに対して起きてから寝るまでずーっと話しかけています。僕にあまり来ないのが辛い。。

 

この話かけられ続けられるはとんでもな苦行です。1日だけじゃない、数ヶ月以上は続くことが確定していて、かつ終わりは見えないんですから永遠に続くかのような錯覚を覚えます。

 

夜寝れない→日中は話かけられるから自分で思考する時間がない→自分のやりたいことがあるけど子供から離れるのは難しい、泣かれるから→1日経っても自分のことは何一つ出来ず、ただボロボロにされる→夜寝れない

 

このコンビネーションは厄介でした。でしたと言っているのである程度はこの状況から抜けました。

 

どうやったのか。

我が家は時が過ぎるのを待つしかなったです。ただ耐えた、耐え抜いたと言いたくなるほどの経験でした。

 

どうにかパートナーが1人になる時間を作りたくて、公園に連れて行ったり、抱っこしたりしてましたが、ぼくも精神的に参る寸前かも、まで持ってかれました。

 

辛かった。とにかく。

楽しいこともありました、でも圧倒的に辛い思い出が多いです。

 

不思議とここ1ヶ月で急に落ち着いてきたんです。上の子はある程度聞き分けが良くなり、下の子は日中1人遊びが増えてきて、2人でTVを静かに観れるようになったこと。夜も抱っこしないと寝付かなかったのが、横に転がしておけば自然と寝れて、夜泣きも全くしなくなったこと。

 

これらが気がつかないうちにちょっとずつできるようになってきて、そのお陰でぼくとパートナーも時間的、肉体的な余裕が出てきて、夜寝れて、日中元気になる。子供と距離を取れる時間が少し出てきて自分のことができるようになってきた。

 

と、良いサイクルが生まれてきました。

 

 

育休に入った当初はとても大変でした。子供はアンコントロール、パートナーは参ってしまっている状態でしたから。

 

ここまで事態を進行させた自分が情けなかったです。

 

2人の子供をみるのは1人ではとても難しいのに、パートナーは自分の症状にも苦しめられる二重苦です。見越して行動すべきでした。

 

救いなのはそれでも家族としてしっかり成長できたことだと思います。辛いことも糧にできるくらいまで、ギリギリのラインから復活できました。

 

でも、もし僕が育休を取らなかったら。と思うと怖いです。きっと家族が壊れていたと本気で思います。

 

もし、この記事を読んでくださっていて、パートナーや周りの方にPMDDに苦しんでいる方がいらっしゃったら是非寄り添う時間を最大限取るようにしてください。自分の時間は全て投げ合ってでもです、それだけの価値があり、かつ緊急度の高いことだからです。

 

永遠に続くことというのは無いわけで、育児もPMDDも適切なアプローチを一定時間かけることで悪化することは防げるんではないかと思っています。

 

劇的に良くなることは期待せず、緩やかに過ごせることが第一かと思います。

 

我が家は10ヶ月くらいで第一波は過ぎましたが、この後どうなるかはさっぱりです。

 

今日は以上です。

お読みいただきありがとうございました。